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2007年09月02日

今朝の仕事

今日の朝一の仕事=スポーツ紙全紙購入(写真は一部です)

SA3A0001.jpg

そして記事を読み再び号泣。
これほど泣いたのは1995年にNBAのHOUSTON ROKETSが
優勝して以来かも。
日刊スポーツの
「2004年にパリーグへのトレードを申し出ていた」
という記事には驚きました。



ついでにこれも張っておきましょう。




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posted by 前田愛好家 at 09:35| Comment(6) | TrackBack(0) | カープ前田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月01日

2000本安打達成!!!!!!

5打席目ツーアウト満塁でライト前タイムリーで2000本安打を達成



達成時
maeda2000.jpg

前田Jr.
maedajr.jpg

インタビュー
maedainterview2000.jpg

ヤフートップ
maedayahoo.bmp


今日は一日中涙が止まりません。
3000本まであと1000本になりました。



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posted by 前田愛好家 at 18:52| Comment(38) | TrackBack(44) | カープ前田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日達成するでしょう。

おそらく今日2000本達成するでしょう。
達成してしまうとブログをまともに書けるかどうか
わからないので今のうちにちょっとでも書いておこうかと。
今日は愛用しているドライアイ用の目薬も必要無さそうです。


1995年右アキレス腱を断裂、全治4ヶ月という情報を見た時の絶望感。
2000年左アキレス腱手術、2001年1年間のほとんどを棒に振り、
おそらくこれで終わりだ、という絶望感。
この時点でのヒット約1200本。
まさか2000本に到達するまでやれるとは考えられなかった。

しかし私の絶望感を前田はいつも打ち破って復活してくれました。
2004年1500安打を達成した時、あと4年やれたら2000本いくなぁと
ぼんやり考えられるくらいの成績を残してくれてましたし。
走れない中距離打者、しかも小さい怪我(といっても10日以上欠場するような怪我)
がつきまとい打撃が狂う。
それでも彼はほとんどのシーズンで足を引きずりながら
3割を打ち続けました。
なにより2000本は通過点、といえる状況で2000本を迎えることが
できて幸せだと思います。
3000本まであと1001本になりました。


<追記(18:00)>
とまあ、今朝10時の段階でこう書いたんですが
1打席目セカンドゴロ
2打席目ツーアウト1塁でセンターフライ
3打席目ツーアウト1,3塁でセカンドゴロ
4打席目ワンアウト1塁でセカンドゴロゲッツー

今日はまったく良い所なくまだ達成していません。
1打席目のセカンドゴロは惜しかったですけどね。
さすがに緊張してるんでしょうか。
あと1打席あるかもしれませんが、この満員のお客さんを見ますと
明日に持ち越した方が興行的には良いかもしれません。
明日は全国放送もありますし。
守備では今日もフェンス際で良いプレーがありました。
守備のリミッターは解除してしまったみたいです(笑)


満員の球場
kusekinasi.jpg

toujitukenkanbai.jpg

フェンス際のファインプレー
fainplay20901.jpg


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posted by 前田愛好家 at 18:00| Comment(12) | TrackBack(0) | カープ前田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

涙の背景は「責任感」

涙の背景は「責任感」=前田智スカウトした村上さん

プロ野球史上36人目の通算2000本安打まで、
広島の前田智徳外野手があと1本と迫った。
前田の素顔をよく知る元スカウトの村上孝雄さん(71)は
「アキレスけんを切ってよくここまで頑張った」
と感慨深げだ。
 クールで寡黙な前田智は、実はよく涙を流す。
1992年9月の巨人戦、打球を後逸した際の悔し涙。
主将に就任しながら不調だった2006年4月、
練習後にも泣いた。
その涙の背景はどこにあるのか。
担当スカウトだった村上さんは
「それは責任感でしょうね」
と即答する。
北別府学や津田恒美(故人)らを発掘した敏腕スカウトで、
現在は引退している。
熊本工高2年の前田智に目がくぎ付けになった。
「飛び抜けていた。走攻守も顔もいい。無駄口はたたかない」
 各球団の競合が予想された1989年のドラフト会議直前、
怪文書が飛び交った。
後輩が他校の生徒に殴られた「仕返し」に、
前田智が単身その学校に乗り込んだというのだ。
これで他球団が指名に二の足を踏む中、村上さんは違った。
「主将としてどう名門の熊工をまとめたか、
責任感の強さを知っていたから」
ドラフト4位で「広島前田」は誕生した。
 入団後、村上さんに大リーグへのあこがれを打ち明けていた前田智は、
95年のアキレスけん断裂後はそれを一切封印した。
そして、復帰後の猛練習がチームを刺激したと村上さんは言う。
「前田があれだけ練習している。追い付け追い越せだと。
あれがなければ金本(元広島、現阪神)もここまでに
ならなかったんじゃないかな」
 前田智から贈られたの山のようなプレゼントを、
村上さんは今も大切にしている。
「オフにはふぐでもごちそうしたいね」
ふぐ料理を囲んだ、親子のようなだんらん風景が今から目に浮かぶ。
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怪文書のくだりは初めて聞きました。
こんなことがあったとは・・・。
このせいでダイエーが指名しなかったんでしょうかね?



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posted by 前田愛好家 at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | カープ前田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする